罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

日常に潜む不安感

少し前に『モンスーン』の著者、ピョン・ヘヨンさんが来日してトークイベントを行ないました。

その時点で、『モンスーン』は読んでいて、いわゆるフェミニズムと総称されるような韓国文学とは異なる、独特の怖さを持った作品に非常に魅了されていたので、トークイベントも楽しく聞きました。

その席上、ピョン・ヘヨンさんもそうですし、対談相手の金原瑞人さんも取り上げていた作品『アオイガーデン』を読んでみました。評判どおりの素晴らしい作品でした。原作は『アオイガーデン』『飼育場の方へ』という二つの短篇集で、そこから四篇ずつ選んで一冊にまとめたのが邦訳の『アオイガーデン』で、日本独自編集版ということになります。

原作二つ、『アオイガーデン』はややホラーテイストで、『飼育場の方へ』は日常的な題材という違いがあると訳者あとがきで触れられていましたが、最初の四篇と後の四篇でガラリと変わる感じはなく、どれも身近で起こりそう、起こっていそうな世界を描いていて、それでいてちょっとした不安感、足元の覚束ない感じがあって、身に迫ってきます。これらは『モンスーン』にも通じる世界ですね。

最初にも書いたように、現在の日本で韓国文学といえば女性の生きづらさを描いたような、いわゆるフェミニズム系の作品が評判を得ているようで、それはそれでおもしろく考えさせられるのですが、韓国文学はそればかりではないということももっと発信していかなければと、出版社の人間としては思います。パク・ミンギュさんのような男性作家もいますし、フェミニズムに飽き足らない人向けにも、もっともっとバラエティ豊かな作品が紹介されるといいなあと思います。

そんな中で、このピョン・ヘヨンさんの作品は誰にでも起こりそうな、それでいて自分の身に起こったら絶対嫌だなあと思う、そんな作品が多く、読後感が爽やかと清々しいといったものとは真逆ではありますが、是非読んでもらいたい作家だと、あたしは思います。