罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

阪神・淡路大震災から29年

朝からニュースでちょこちょこ取り上げられていますが、今日で阪神・淡路大震災から29年だそうです。震災発生時、あたしは既に社会人で、現在の勤務先の編集部に在籍していました。そして主に関西地方在住の方々を編著者とする書籍の編集に当たっていましたので、他人事とは言えないニュースでありました。

29年というと、その年に生まれた子が29歳という当たり前のことを書いてしまいましたが、もう少し考えると、震災のころに子供だった人が子供を持つような歳になっているということですよね。語り継ぐことの大切さは理解できますが、ほとんど記憶に残っていない世代が中心になっていくこれからは、どうやって震災を語り継いでいくのでしょう。

能登半島地震があったので、今年は特に阪神大震災にも言及されることが多いように感じますが、あたしが気になっていることが一つあります。いま、すぐ前であたしは「阪神大震災」と書きましたが、ほとんどのマスコミは現在は「阪神・淡路大震災」と書いていますし、テレビもそう言っています。あたしの記憶が正しければ、「阪神大震災」だと淡路島の被害が等閑視されかねないという懸念があったので、「阪神・淡路」という名称になったはずです。

こういった自然災害の名称で、なまじ特定の県や都市の名前を付けてしまうと、その県以外、その都市以外には政府の援助がしっかりと行き渡らないことになりかねない、だからできるだけ被害のあった地域全体を包括できるような名称を付けるようにしている、と聞いたことがあります。

その流れで言えば、今回の地震は「能登半島地震」と呼ばれていますけど、福井や富山、それに新潟でも液状化現象が起きているので、「能登半島地震」では範囲を非常に狭い範囲に区切りすぎているのではないかと思うのです。

とはいえ、ここに書いてきたことがすべてあたしの思い違いであれば、問題はないと思いますが……