罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

真実

『真実―日中、二つの国の天と地』読了。


日本留学中の父と日本生まれの華僑の子である母の間に生まれた主人公=著者が、日本人の夫と結婚の約束をし、日本に渡るまでの半世紀。共産中国の成立によって希望にあふれた祖国へ帰った両親は、当初はその理想のままに過ごしていたが、文革によって日本との関係が問題視され、さまざまな試練が一家にふりかかる……というこの時期を生きた中国人の作品に共通してみられるパターンです。


ただ、いくつかこういった作品(小説・ドキュメントを含め)を読んだ経験からすると、著者の体験・半生は、決してどん底という感じはしません。確かに本人にしてみれば大変な苦労をし、いわれのないトラブルに巻き込まれ、まさに時代に翻弄されたと言えるのでしょうが、文革体験記などではもっと悲惨な経験が語られています。家族が死んだり(殺されたり)、自分自身も体が藤生になったり精神に異常を来したり。そういった体験記に比べると、著者の一課はまだ幸せな方だったのではないかと感じてしまいます。


ただ、上述の文革体験記の類が、あまりにも非人間的な歴史を強調するあまり、あまりにも現実味に乏しいものになってしまうのに対し、本書で語られる文革の悲劇は、静かに淡々と、それだけにじわじわと知らぬ間に我が身に災難が降りかかってくるので、かえってリアルに文革期の庶民の様子がわかる気がします。否、文革だけでなく、振幅の激しい新中国の歴史が現実的に体験できます。


もちろん、著者が北京・上海といった政治の揺れの影響が大きな都市に暮らしていなかったというのも、その他の文革体験記と異なる印象を与える原因なのかもしれません。


日中間の雲行きが怪しい昨今、本書に描かれるような庶民レベルでの日本人・中国人の交流がくだらない政治家の言動によって壊されないことを祈るばかりです。