罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

物語のない物語

中央駅』読了。

同著者の(邦訳としての)前作『娘について』は、個人的に面白く、そして非常に考えさせられる作品だったので、本作品も期待して読み始めました。

しかし、読み始めてしばらくするとちょっと面食らいました。

簡単に言ってしまうと、この作品はとある鉄道駅前の広場に巣喰うホームレスの物語です。主人公の「俺」が唐突に現われます。なぜ「俺」がホームレスになったのか、周辺のホームレスの中では比較的若いということが明かされるだけで、それ以外の描写はありません。オタクっぽいのか、病的なのか、あるいは逞しい体つきなのか一切不明です。もちろん容姿も。

そんな「俺」がたまたま知り合った病気持ちの「女」と行きずりの関係を持ち、そこからズルズルと関係を続けていき、底なし沼にハマったかのようにホームレスから抜け出せなくなっていくのです。いや、「俺」にしろ「女」にしろ、本当にその状況から抜け出そうとしているのか、やっていることを見ているととてもそうは思えません。

「乞食は三日やったらやめられない」と言われますが、そんな感じです。周囲から差し伸べられる手もつかもうとせずに振りほどいてしまいます。そしてその手がつかもうとするのは「女」の体です。

最後にどんな結末が待っているのか、たいていの小説はそんなストーリーを意識しながら読むものですが、この作品にはそんな物語があるようには感じられません。別に「俺」と「女」ではなくとも、駅周辺、広場にいるホームレスたちの適当な一瞬を切り取ってつなぎ合わせれば、この作品が成立してしまうような気がします、匿名性というのともちょっと違う気がしますが……

では、壮絶な愛の物語なのか。確かにそういう読み方もできるのでしょう。本書収録の解説にもそう書いてあります。しかし、あたしにはこの作品に愛の物語を感じることはできませんでした。獣の媾いとしか思えません。「俺」の独白でもそんなことを述べていたような気がしますが、これが愛なのか、。あたしには疑問です。それはあたしが、人を愛したり愛されたりしたことがないからなのかも知れませんが。

最後に、疑問というか読み終わって考えたのは、作者はなんでこの作品のタイトルを「中央駅」にしたのだろうか、ということです。作品舞台は駅と言うよりも、その前に広がる「広場」です。作品はほとんどそことその周辺で終始しています。ありきたりかもしれませんが、「広場」というタイトルの方がふさわしいと感じたのですが、そこをあえて「中央駅」にしたのはなぜか、とても気になりました。