罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

丁庄の夢


『丁庄の夢』読了。中国のエイズ村の現実を活写した、でもノンフィクションではないんですよね。全体としてはフィクションなんでしょうけど、ここのエピソードについては、ほぼその通りの事実があったんじゃないかと推察されます。ひと儲けしようと、健康や安全など全く考えずに「向銭進」の貧しい農民たちの悲哀がよく描かれていると思います。

ストーリーは、売血運動の中心となった男性(丁輝)の息子の語りで構成されています。ただ、その息子というのも、この売血によって既に命を落とし、あの世からこの世を眺めているという設定です。最初のうちはこの息子が死んでいるとはっきり書いているわけではないのですが、じきにそれとわかる文章も挿入され、つまり死後もさまよっている息子の魂が、売血によって滅び去ろうとしている故郷の村を眺めているわけです。

この小説を読んで根が深いなと感じるのは、まずは健康や安全を考えるべき、優先すべきであるにもかかわらず、あいかわらず金儲けを至上と考えている村人たちの意識です。さらには、もうじきに死んでしまうとわかった村人たちが、その張本人である丁輝を恨むものの、それも不完全燃焼で、うやむやのうちに結局は萎んでしまう無力感、脱力感です。

お先棒を担いだとはいえ、村の幹部を押し立てて中央へ申し立てをするなり、しかるべき機関に訴え出るなり、日本でなら当然そういう行動に向かうはずのところ、この農民たちは結局なすすべもなく、死を待つばかりです。この無力さ、諦め、中国農村の抱える宿痾を見る思いです。

ところで本文は、ところどころ活字の太さを変えて組まれています。これがどういう意味なのか、今ひとつわかりかねました。あたしの読みが浅いということでしょうか?