罔殆庵

染井吉野ナンシーの官能世界

評伝川島芳子


『評伝川島芳子』読了。

著者は東大の修士を出たシンガーソングライターだそうですが、まだ若いのにずいぶんとよく調べています。コンパクトな新書ではありますが、四十年の川島芳子の一生を丹念に折っています。

男装の麗人、東洋のマタハリ、中国人民の裏切り者などなど、川島芳子を形容する言葉はいろいろあります。が、どれも当時あるいは後世の小説などによる「川島芳子」であって、実際の川島芳子はどこまで中国を裏切ったのか、スパイとして暗躍したのか、実のところかなり疑わしいものです。

ですので、史実を丹念に折った本書を読めば、確かに軍人などとの接触はあるものの、謀略工作の真っ只中で男顔負けのスパイ活動をしていたような記述は皆無で、そういう向きを期待して読むと非常につまらない作品かもしれません。

しかし、後世の脚色をはぎ取ってみると歴史上の人物なんてものは、この程度の人物だったなんてことが多いのでしょう。

ところで、本書を読むような人は、清末から民国期の中国近代史や日本近代史をそれなりに理解している人が多いと思いますが、本書の記述が川島芳子の人生に絞っているぶん、そういうバックグラウンドとなる当時の政治状況などの記述がほぼありませんので、ダイナミックな時代の流れの中で川島芳子を位置づけるという面では、ちょっともの足りです。また巻頭に清朝公室の家系図が載っていますが、旧満洲を中心とした地図も一枚くらいは欲しかったところです。